カナダは世界2位の進んだ国!でも日本の歴史文化と比較して欠けているもの

2017年9月30日、40年以上バンクーバーのダウンタウンのランドマーク的存在だったエンパイアタワーホテルの取り壊しに向けて、展望レストランCloud9が閉店しました。

 

そんなことは、日本にいる方には全く関係ないのですが、このニュースをきっかけに、カナダと日本の歴史&文化に対する感覚の違いについて、考えました。そして、カナダが新しい考え方を柔軟に取り入れる一方で、日本は「変われない」と言われている背景の違いはどこにあるのだろうと考えたので、共有しようと思います!

 

目次

カナダは別名progressive country(進んだ国)

同性愛者の結婚を合法化させたり、教育水準が高かったり、水道水が飲めたり(日本だと分からないがこれは世界で稀なこと)というような様々な項目があるなか、2016年には、フィンランドに続き「世界で2番目に進んだ国」に選ばれました。

 

ランキングを決める上で指標となった項目は下記の通りなので、興味がある方は、リンク先の記事とその先のレポートもぜひ読んでみてください。

 

すごく雑に言ってしまうと、カナダは土地・住宅価格の高騰が問題になって久しいですが、まだ国として国民の住宅確保を援助する効果的な施策が出来ていないというのが、唯一のマイナス点だったようです。

参照:Daily Hive: Canada ranked 2nd most progressive country in the world

 

日本は14位

ちなみに日本は14位でした。思ったより高いじゃない!と驚いたのが最初の印象です。

でも、よくこれらの項目を見てみたら、納得できる部分も多かったです。まず、Basic Human Needsは日本は恐らく世界トップクラスだと思います。ハードを揃えるという意味での住環境の整備は日本は素晴らしいです。日本が世界一安全と言われているのも本当にそうだと思います。

 

もう一つ日本が誇れるのは、医療制度と健康保険制度の充実です。有名どころですね。

 

Foundations of WellbeingやOpportunityになってくると、少しずつ日本は遅れていることが明らかになってしまいます。とくに私が個人的に気になるのはOpportunityのカテゴリーです。社会常識やプレッシャーが個人の選択に与える影響は大きく、違いを許容するような風潮が広まっているかという点でも、まだまだ遅れていると思います。

 

また、知識の詰め込みと批判される教育ですが、質の良い情報ならある程度の詰め込みはありだと思います。問題なのは、何が詰め込まれているかという内容の方です。

 

色々と批判されていますが、日本の社会を取り巻く病的な”常識”と応用力と柔軟性に欠ける”教育”の質は、いまだに変われずにいます。あえて英語を取って言うなら、指導する側がツールとして英語を使ったことがないので、使える英語を教えられないというのもずっと変われないことの一つですね。

 

歴史的ランドマークの後に立つのはマンション

かなり話が脱線しましたが、カナダが先進的な考え方に柔軟である一方で、日本がずっと変われずにいるという状況をかいつまんでお伝えしました。

 

さて、ランドマークの話に戻りましょう。

 

東京の東京タワーほどとはいかないまでも、バンクーバーのように誰もが口をそろえて「これ!」というランドマークが少ない街にとって、このシンボル的存在の一つだったEmpire Tower Hotelの取り壊しは残念に思う地元住民も多いのです。

取り壊し後の土地には、大部分が分譲物件として売り出される、コンドミニアム(日本だとマンション)が2本立つのだそうです。

 

住宅不足が社会問題になってはいるものの、空き物件問題というのも同時に存在していて、簡単ではないのは百も承知の上なのですが、ランドマークを壊してまで住宅を確保するという街の選択が、少し驚きでした。

 

中国系の富裕層に、ビザという特権まで与えて高級コンドミニアムに投資させ、空き物件をたくさん産んでしまった過去の失敗から、地元の人に長年愛されてきた場所を壊すことで穴埋めをすることにした、というのが決定でした。

 

日本だったらもっと騒がれて叩かれてそうな決定なのに、惜しまれつつも、穏やかにこのホテルの歴史には幕が降ろされました。

 

歴史の重さがちがう

 

そう思うのは、歴史大国日本で生まれ育ったからなのかな、とふと思いました。

 

そもそもカナダは今年建国150周年です。私が小学生の時の、約20年前くらいに通っていた小学校が125周年を盛大に祝っていた記憶があるので、私の小学校とカナダという国の歴史の長さはあまり変わらないということになります。

 

なんだそれ。笑 一つの国が、日本のある公立の小さな小学校とほぼ同い年というのは、なんとも変な感じです。

 

それしか歴史がないのが今のカナダという国です。

 

そう思うと、人々が、”歴史”に対して抱く想いの重さも違ってくるのかなーと思います。

 

カナダの先住民(First Nations)は別文化

 

はっきりとは記録が残っていないため、断定されていませんが、カナダには大体1万年以上前からFirst Nationsと呼ばれる先住民が住んでいました。

 

そしてもちろん、お決まりのパターンですが、ヨーロッパ人に”発見”され、迫害された歴史があります。

 

後から来て”カナダ”という国をこしらえたヨーロッパ人は、2008年に正式にカナダの先住民に謝罪をし、今ではFirst Nationsの人たちは、色々なところで特権を与えられています。もちろんそれは過去にした数々の差別やひどい仕打ちのせめてもの償いとして保障されている権利で、いまだけ切り取ったらとても特別扱いされているように見えるかもしれません。

 

そこまできちんと過去を清算するのもカナダらしさだなと思います。

 

ということで、カナダには長く土着の文化というのがいくつもの先住民族の文化によって形成されていましたが、ヨーロッパ人が移住してきてから、建国したカナダという国の歴史としては、上記の通り150周年ということにされており、そのくらい浅いものであるということなのです。

 

柔軟なのはいいけど、浅いのかな?という疑問

 

日本みたいに歴史が長い国に生まれ育った人としては、歴史や文化で溢れていることが当たり前すぎて、カナダには歴史や文化があんまりないということ、それが具体的に人々の暮らしや街づくりや考え方にどう影響を及ぼしているかということ、そしてその影響が日本とはどう違うのかということ、これらすべてのことに気が付くのも、これらについて考え始めるのにも、こんなに時間がかかってしまったなあ、と思います。

 

歴史が長いから、過去を捨てきれないで色々変われないでいる日本と、こだわるものが無いから新しいものを柔軟に取り入れていけるカナダ。

 

カナダびいきの私の目を覚ましたこの発見

カナダの柔軟さに憧れて、二年おきぐらいには帰ってきていたのですが、文化が長く育つ国ではないのかもしれないと気付いてから、少し見る目が変わったというのが正直なところです。

 

ここで何かを築いていけることを、期待することは日本でそれをやろうとすることと同じではないのかもしれません。

 

カナダってどんな国って言われて、個人の体験以上の「好きの理由」を答えられない理由が、この歴史と文化の欠如からくるものなのかなと思ったりしました。

 

偏りも少なく、色んな人を色んな文化から許容できる傾向にあるけど、文化って偏っているから面白いしユニークなんだとも思うんです。それはどの国にもあると当たり前に思っていたのは日本人として生まれ育って、甘やかされた私の贅沢ですが、それが無いカナダってちょっと悲しいなと思ってしまいました。

 

カナダへの一抹の恐怖

カナダという国になってからまだ150年。カナダらしさとわかりやすく言えるものはまだあまりありません。

 

その前の先住民の文化は土地には根付いていたけれど、今のカナダという国とその文化に強く結びつきがあるといえば嘘に近いと思います。そして、もちろん、今のカナダという国のアイデンティティとして先住民の文化を置き換えるのははなはだ間違っているのでしょう。先住民も、あとから来たヨーロッパ人も、その後わんさか来た多国籍移民の誰も喜ばないだろうと思います。

 

そうしたら今のカナダには歴史と文化が無いんだなーって思いまして、自分が無いカナダってこれからどんな方向に進んでいくんだろう、って考えてもあまり想像ができないことに、ある意味恐怖を覚えました。

 

日本って、笑っちゃうけど、なんとなく予想できるんですよね。社会的に何が許容されて、何が許容されないか、今より少しは変化するのは予想できるしそう願いたいけど、「真面目で清く正しく」みたいなことが美化されるとか「みんなのために個人を押し殺す」とかがひっくり返るってことはない気がします。とりあえずここ10年くらいは。

 

まとめ

  • カナダは住宅整備以外は、精神的にも結構進んだ国
  • 日本も悪くはないけど、ハード面の環境整備に特別秀でているだけかも
  • 先住民の文化は今のカナダと事実上断絶されている
  • カナダはたったの150歳で歴史も文化も浅い
  • 日本は神武天皇から数えたって一万年以上
  • 歴史の長さ・深さは、現代の人々の意思決定にも影響する

どちらが良い悪いというわけではなく、カナダの柔軟性に惚れ込んでカナダびいきだった私にとっては、カナダの執着の無さが独自の文化の未発達さに由来するものかもしれないという可能性に気付いたことは衝撃でした。

 

それと同時に、いかに自分が日本の長く根深い文化を愛しているかということにも気づかされました。離れてわかる、母国のよさと言ったら雑ですが。笑 英語ができるということは、母国の文化を一歩引いた目で見る機会を手にすることができるということでもあるなと改めて思いました。

 

これはカナダに来て毎回思うことです。

 

そう思うと、私が英語を続けることを可能にしてくれた多くの人に、改めて感謝したいです。

 

と言って締めると、なんか自己啓発系の人みたいですが(これ偏見です)、やっぱり英語はできた方がいいなって実体験で思います。情報収集を日本語と英語でできるだけで、自分の考えにもう少し自信を持てるようになりますよん^^

 

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