言語としての英語にはあまり不自由しなくなっても、英語を使う上で苦労することはあります。今回は、英語上級者が直面する壁について、海外の経験談も含めて本音を書こうと思います。
日英バイリンガルになれて良かったことはたっっっくさんあります。でも、どちらの文化の良さも知り、経験できる一方で、どちらの文化でも違和感を感じるようになったのは、結構大きな生きづらさだとも思います。
特に、コミュニケーションにおいて求められることには大きな違いがあります。
具体的には、英語を使う上で必ず必要なのが、高い発言力だということです。
今回は、大きく隔たりのある日本の文化と海外の、その中でも私が住んだことのあるアメリカ・カナダの文化を比較します。
そして、英語上級者=日本生まれの日英バイリンガルが感じる「文化の間にいるということ」について書きたいと思います。同じような気持ちの人居るかなぁ~!
目次
英会話に求められるコミュニケーション力
まず単刀直入に、英語を使う上での現実をお伝えすると、英語を使えるようになりたいなら、自分の意見を言えるようになることが必要です。英語圏のコミュニケーション文化は、基本的に
- 話すこと・話し合うことが個人と集団両方の利益になる
- 生き残るため、自分の生活を良くするためには積極的に意見を言うことが大事
という考えに基づいているものだからです。
これから英語にもっと触れていくようになる日本人は、日本人らしさは一旦横に置いといて、世界水準に見合う積極的なコミュニケーション術を身につける必要があります。
日本と北米のコミュニケーション文化比較
私は、英語環境で生活や仕事をしていたのは合わせても2年ちょっとしかありませんが、その限られた時間の中でも色々な場面でコミュニケーション文化の違いを実感しました。
日本が英語圏といかに違う文化を持っているかを再確認するために、カナダやアメリカで新鮮だと思った具体的な場面を例として切り取ってリストにしてみますね!
1. 授業は基本的に議論形式
先生はトピックの背景知識を生徒と共有したり、知識の補足はするものの、基本的にはファシリテーターとして生徒の発言を促す役割でした。
アメリカ・高校
アメリカの高校の授業は基本的にディスカッションやグループワーク形式で進みます。私の学校は、教室のレイアウトもいくつかのテーブルを囲むように座る形式が多く、授業が始まった時点ですでにいくつかのグループに分かれて座っているような形でした。
もちろん思春期真っ盛りなので、アメリカのティーンエイジャーたちもそんなに積極的には発言しないのですが、先生はお構いなしにグループや個人をあてて発言を促すんですね。そうすると、一番つっぱってそうな、スケボーやんちゃボーイが、トピックに関する結構深イイ発言とかするもんだから、初海外の私は衝撃を受けたのを覚えています。笑
カナダ・カレッジ
カナダで英語の先生になるための資格の学校に通っていたときも、インストラクターからの説明は最小限で、グループやペアワークにより自分たちで学びを得ていく授業スタイルがほとんどでした。ある意味、インストラクターたちはすぐに答えや説明をくれないので、どうやっても受講生同士で議論して、教授法の理論を理解していく必要がありました。
そのプログラムは英語の先生育成プログラムなこともあって、指導するインストラクターたちの教え方は一番理想に近い形になるべく寄せている努力が伺えました。そのため、受講生も授業中は本当に集中力が必要ですが、授業中に理屈を理解できたので、テストのための暗記もとても楽だったのが印象的でした。
先生にとって、教えるべき内容を説明しちゃう方がはるかに楽なんです。でも、生徒たちに学ばせるために本当に様々な工夫を凝らす必要があることを知りました。そして受講生の私たちも、先生の卵としてその「学びを引き出すためのアクティビティ」を作り実行するスキルを身につけるべくみっちり鍛えられました。
2. 問題は必ず話して解決する
大抵の会話がHow are you?で始まることからも分かるように、なんでも積極的に言葉で共有しようとするのが英語圏・北米の文化でもあります。
アメリカ・ホームステイ
高校時代のアメリカ留学はホームステイでしたが、心得として、ホストファミリーとは困ったことも含めてなんでもコミュニケーションを取るようにと指導されました。私は言葉数少ない怖い父親と、口うるさい母親の下で育ったので、これはかなりハードルが高かったです!笑
でも良くも悪くも生真面目だった若かりし頃の私は、温かいホストファミリーの助けもあり、指導されたとおり言いにくいことでも一生懸命話すようにしてみました。すると、私のホストファミリーはしっかりと私の言葉に耳を傾けてくれて、問題は毎回驚くほど簡単に解決しました。
アメリカ・高校
また、アメリカの映画やドラマでも出てくる場合がありますが、地域や世界で悲しい事件や災害があった時に、生徒たちの心のケアとして学校全体での特別集会が開かれることがあります。
生徒が1人ずつマイクを持って自分の気持ちを言い、みんなで悲しい気持ちをシェアして癒し合うことを大事としている文化です。はじめは、これは日本ではまず機能しないケアの仕組みだなーと思いました。本当に悲しい時、私は誰とも話したくないし、全校生徒の前でマイクを持って話すなんて、したくないと思ってしまいます。
でも、悲しい気持ちも言葉にして良いのだということ、
言葉にすれば周りに聞いてくれる人が必ずいるということ、
言葉にできたあとは、少し気持ちが楽になるということ、
他にも自分と似た気持ちを持っている人たちが居ることを知れるということ。
そういった、言葉にすることの癒し効果を、若い時から無意識に知っていき、心の傷をケアするスキルを学べる仕組みなんだと、今は思うようになりました。
3. 大人になるとプライベートでも議論
社会人になり、カナダでの友達との会話にも段々と変化が出てきたのを感じました。それは、普通に友達の家で数人で集まって喋っていたときに、ふとしたきっかけで社会問題に関するディベートが始まったときでした。宗教の違いとか、美容整形に対する賛否とか、そういった内容でした。
トピック自体に興味は非常にあったのですが、授業でもあるまいしと思ってゆったり構えて聞き手になっていると、そのうちの1人の友達に名指しで意見を求められました。
Why are you suddenly so quiet? We want to know what you think, too. (なんで急に静かになったの?おまえの意見も聞きたいよ。)
ですって。汗 大慌てで意見をまとめて理由を付けてちょっと例を出して、一通りのみんなの反論や質問に答え、みんなが hummnn…(ふーん)とか、I see. (そうなんだ)とか Interesting. (へぇ、興味深いねー)とか言ってくれるのを聞いて、やっとほっと一息ついたのを覚えています。
いやー、変な汗かきました。みんなにとっては意見を言うことってそんなに大したことじゃないんでしょうけどね、こっちは必死ですよ、もう。そのあとも、気が抜けた私を置いて友達は議論を白熱させていました。
日本の同じような場面を比較
一方、今日本で似たような場面を思い返してみると、
- 学校の授業では、生徒は喋ってはいけない。先生は歩くテープレコーダー的に一方的に話す。
- サークル活動での企画ミーティングで、進行係が意見を求めても沈黙が流れる。積極的に発言する人がとても少ないので実りある議論にならない。
- 親と意見が合わず議論になっても、抑圧的な親だと上から意見を押し付けることしかせず、口論になる。それでも子供の意見が聞かれることはない。(アジア圏の親に共通する)
- 友達と気軽にごはんに行っている場面で、社会問題に関するトピックに触れることがあっても、反対意見を言うようなディベートになることはまずない。空気を読んでその場を丸く収める発言にとどめるのが良しとされる。
と言った感じで、日本では場の流れに沿って発言を選ぶことが重視されることが圧倒的に多かったなと思います。北米のように発言内容に関わらず個人の考え・意見を発言すること自体が重視されるのと比べると、なんだか対照的ですね。
もちろん日本の環境といっても、私個人がどのように育ちどのような経験をしてきたかという限定的な情報でしかありませんが、日本で育ったのとは大きく違う環境で、英語ネイティヴたちは育っているということは言えると思います。
彼らは、学校や家庭や友人とのプライベートで日頃から自然と発言を促される環境で育っています。「沈黙は金」「出る杭は打たれる」というようなことわざに代表されるような、従順でその場の空気を重んじる日本文化とは真逆とも言える環境ですね。
英語を使ってコミュニケーションを取るということは、かなり隔たりのある文化に挑んでいかないといけないような気がしてきます。
和製日英バイリンガルとしての苦悩
そんな二つの環境の違いを学びながら、それぞれの環境で馴染めるようにひっそりと研究してもう10年間ほど経ちます。
しかし、頭ではどう振る舞えばよいか知識として理解はできるようになったものの、むしろ内心ではどちらの環境に対してもも少しずつ苦手意識が芽生えるようになりました。
私の本音リストです。
- プライベートでの会話なのに、毎回反論してくる海外生まれの人との会話がちょっと苦痛です。(相手→議論するのが普通、私→に議論は避けたい)
- プライベートで議論が始まり、白熱して対立する友人たちの間できまずくなります。でも気まずいのは私だけで本人たちはけろっと違う話題に。
- 日本人とのミーティングでは、良いアイディアがあっても、発言して変な空気になるくらいなら、何も言わないほうが得策だと思っています。(過去にそれで何回も浮いたからなぁ。)
- 日本人はあまり直接的な表現を好まないため、伝えたい事の行間や裏を読まれすぎて、言葉通りに受け取ってもらえないから難しいです。あとから言葉を変えて説明し直しても、相手の考えは変えにくいです。これだけで友情が壊れることもあったのでちょっと慎重になってしまいます。(英語だと、言い方を変えていけば相手の考えを変えられる可能性がまだまだあるんです。)
英語ができるようになって、世界は広がり、日本語だけしか使えなかったときよりも遥かに、人間的に深みも広がりも増したと思います。なので、この異文化間での生きづらさというのも贅沢な悩みだという見方もできます。
でも、英語上級者の気持ちをケアするリソースはそもそも少なく、「そこまで上達したんだからあとは一人で頑張って文化の違いも乗り越えなさいよ」感がある気がして、少し寂しくなったのでした。せっかくここまで努力して習得した英語力なのに、その英語力があるからこそ見えてしまう文化の違いを、他の日本人英語上級者はどうとらえているのか、聞ける機会があったらいいなぁ。
個人的には、日本にずっといたら、発言することの弊害を考えることもなく発言しないのが当たり前だったでしょうし、海外にもっと長く住んでいたら議論を苦痛と思うことも徐々に無くなっていったのだろうと思います。間にいるって難しいですね。
言語スキル以上に大事な英会話での発言力
英語という言葉を教えている立場で言うのも少し変ですが、英語力を習得すること以上に、英語圏のコミュニケーション水準に合わせて発言していくことの方が大変だと感じています。生まれてから高校生までは人見知りで内向的な性格だったため、英会話力習得のために、社交的な性格になれるよう頑張って意識したくらいです。
その時の決意により、多くの友人を持つことができ、必要な時には自信を持って(自信があるように見せて)発言する術を身につけることもできたので、ちょっとの無理は良かったと思っています。
ただ、やっぱりこれをやり続けるのは大変です!笑
性格に合わないことをやるにはより多くのエネルギーを費やします。できれば意見交換する友人たちの話を、ただ「うんうん」って言って聞いていたいんですけどね。
でも、そうはさせてくれないんです英語圏!
いまでは、たとえば日本語での会話だったとしたら意見は求められないし、黙っていた方が賢明だとされるような場面があったとしても、それが英語で行われている議論だった場合には、自分のモードを切り替えて、脳みそをフル回転させ、気持ちを強く持ち、意見を絞り出して、英語で発言するようにしています。
そして、もし私の生徒さんも同じような気持ちを抱えているとしたら、やっぱりちょっと無理してでも頑張って発言するようにアドバイスすると思います。
日本で「察する」ことがコミュニケーションの中心である一方で、上記のアメリカやカナダの例のように、発言こそが英語圏のコミュニケーション、そして生き方の中心になっているからです。そこを避けてしまっては、英語力を身につけた意味がないというくらいです。
英語を使うのであれば、相手が発言を求めている以上は、相手が思うコミュニケーションをちゃんとしたいですね。
これからは、英語での発言力を日本人でも身につけやすい方法なんかを研究していきたいなーと思います。
まとめ
- 英語を使いこなすには、発言力が大事
- 英語を使うからにはプライベートだとしても議論への参加はほぼ避けられない
- アメリカやカナダの学生たちは、発言するメリットを自然に知りながら育つ
- アメリカやカナダでは、発言がコミュニケーションの中心にある
- 英語上級者は文化を理解できるからこそその間で悩むことも
発言力や議論に関しては、私が苦手な分、長い間考えてきたテーマではあるのですが、最近発言することの本当の意味に気づいたので、次回はそんな内容を書こうと思います!
今回はちょっとネガティブでしたが、次回の内容は、きっと「それなら発言力頑張って鍛えちゃおっかな」と思ってもらえる内容です!もしよかったらまた読んでくださいね。
今回も最後まで読んでくださってありがとうございました^^
では!
つづき>>「議論が苦手な日本人に朗報!英会話で発言する方が簡単って本当?」
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